私は2010年の8月の釜石市の健康診断で、糖尿病のヘモグロビンA1cの値が6で危険値と言われ、身長は157センチ、ウエストは当時95センチ、ヒップサイズは110センチ、体重は68kgありました。
メタポと糖尿病は長生きの妨げの要因です。
以前の洋服は殆どきつくなり、折角苦労して手創りした洋服や和服は、もう着ることは無理と思い、それが一番悩みの種でした。
翌年、2011年の4月から、釜石市の栄養教室に通い勉強と運動しました。
その結果4kgの減量に成功しました。
でも理想は以前の58kgに戻したかったです。
東日本の大震災の3月11日は、秋田の某会議に出席のため、朝6時に地元の駅を出発し、盛岡から、あきたこまちで、秋田市に行きました。
日帰りの予定でしたので、往復の切符のほかは現金5000円しか持っていませんでした。
今思えば幸いでしたが、ジュース数本と手作りサンドイッチを持っていました。
秋田の会議中に、午後2時46分に大地震に会いました。
携帯電話を持ったいる方たちは大地震を知らせる警報がなりました。
会議は中断され、帰宅のため秋田駅に向かいました。
新幹線どころか輸送機関はすべてストップ状態でした。
困惑し、近くのビジネスホテルのロビーで暖をとって過ごしました。
その後、秋田駅近くの“アルベ”へ移動して、避難生活を過ごしました。
11日の晩は、毛布一枚で、寒さをしのぎました。
そのことを書いたブログです。
東日本大震災(岩手県釜石市)1のブログ↓
11日から15日の朝まで避難民として過ごしました。
頂いたおにぎり1個を1日で大事に食べるという、未だ体験したことのな耐乏生活でした。危機感から不思議と空腹にはなりませんでした。
15日の午後自宅に着くと、電気は消えていて、幸い家は地震の被害は少なかったです。
その後、食糧不足で、待望の58kgの体重に戻ることができました。
その後食糧事情は良くなったのですが、ダイエットに成功し、長年もう着ることができないと思って諦めていた自作の洋服も入るようになり、この年の11月の釜石市の健康診断では、糖尿病からも解放され、まさにダイエット成功に喜びを噛み締めました。
津波に流され、亡くなった方達のことを思うと不謹慎かもしれませんが、私はこうして不幸を幸いに転じました。
当たり前のことですが、カロリーの摂り過ぎがメタポと糖尿病の原因です。
自分のカロリーを自制できるようになれば、ダエットに成功します。
私のダイエット秘話を参考に、メタポ脱出したい方の成功を祈ります。
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