2018年3月26日月曜日

私を医者嫌いにさせた医師

私がこれまで無事に暮らしてこれたのは、善意の医師のおかげです。
それは真実ですが、反面私を恐怖に陥れた医師もいます。
話は前後しますが、2010年7月に釜石市の健康診断で、復位が1mあったので、メタポと確定し、翌年の4月からメタポ教室に通って栄養と保健指導を受けました。
その時の体重は68kgでした。
年々、体重が増え、このままでは洋服が入らなくなり、全部買い替えなければならず、ほんとに痩せようと決心しました。
努力してやっと3kg体重を落としました。
そして2011年3月11日東日本大震災が起きました。
この時は私は秋田にいました。
その時のブログ↓

この日から私は避難所生活をしました。
秋田市の”アルベ”で避難生活をして、12日の朝には、ケーキ1個とペットボトルの飲料1本を渡されました。
こういう事情で、この日から約1週間は、サーチュイン状態(飢餓状態)
で、通常の食事はまるでできませんでした。
釜石に戻ってからも、食品やガソリンを買うためには長蛇の列でした。
そういうわけで、11月の市の健康診断では、体重が58KGと見事にダイエットすることができました。
入らなかったジーンズも着ることができ、本当にうれしかったです。
ここまでは良かったですが、急に体重を落とすと、筋肉量もへります。
筋肉量が減って起きたスキーの事故です。
この時はそれに気づいていませんでした。
私の大好きなウィンタースポーツはスキーです。
一番好きなスキー場は安比スキー場です。↓

https://www.appi.co.jp/ski

2011年3月6日に安比スキー場に行った時のブログ↓
http://49535831.at.webry.info/201103/article_3.html

東日本大震災の前はとても元気にスキーを滑ることができました。

釜石市のスキーツワーで、2011年12月22日(日)下倉スキー場へ行きました。
下倉スキー場(八幡平)↓


ここは数回来たことのあるスキー場です。

午前中は中級者コースで、結構人の少ない場所で滑りました。

一度も転ばないのでとても気をよくしました。

昼食後、午後はスキー客の多い初心者コースで滑りました。

あと1回滑ったら、終わりにしようと思って滑っていた時です。

ふつうは絶対転ばないゆるい傾斜の場所で、まるで悪魔に突き落とされたように、左側にズシーンと転び、左の肩を強打し、関節をはずしました。

私は子供のころから、左肩の関節がときどきはずれます。

まるで身動きできません。

近くにいた、親切な女性スキー客の人が今、助けを携帯で連絡します。

と言って連絡してくれました。

数分後、スノーモービルに乗った救助員が来て、私を乗せて下まで連れて行ってくれました。

このツワーの責任者は”菅原さん”です。

私はお金もないので、肩が関節に入ればそれでよいです。

と言いました。ところが”菅原さんへ”骨が折れているから病院へ行ったほうが良いと言いました;。私は何回も書いていますが、一度も骨折の経験はありません。

肩が外れたときは近所のおばさんに入れてもらっていました。

私は骨折はしていないと確信していましたが、菅原さんの強引さに負けてタクシーで病院へ行きました。
その病院が”平舘クリニック”↓
https://byoinnavi.jp/clinic/90614


この病院に着いたのが午後4時ころでした。
危なく、スキーウィエアーを切られるところでした。
レントゲン写真を撮り、私の左腕を上にあげて肩の関節にいれました。
脇に枕のようなものを当てて、左肩から腕にかけてテーピングしました。
これがその枕の写真です。↓

この時医師は”このテーピングを長くしているといかぶれます。”と言っていました。
この時はどういうことかわかりませんでした。
治療が終わり、タクシーに乗り、帰りのバスと合流して帰宅しました。
このテーピングをしたあとから、通常より頻繁にトイレに行きたくなります。
帰宅後主人には何も言わず、布団に入り寝ました。
帰宅時間は夜7時ころです。
布団に入ると、10分おきに、トイレに行きたくなります。
夜9時過ぎると、腹痛、頭痛、頻尿と酷い苦痛に襲われました。
これがこの医師の言った”長くテーピングしているとかぶれる”ということでした。
私はテーピングも初めてでしたが、こんな最悪の状態になり、あんなに断ったのに、無理やり病院に行かせた”菅原さん”をひどく憎みました。
実際こんな治療があるのに本当に驚きました。
これは、治療ではなく、危険ないじめです。
こんなテーピングを長くしていたら、死にます。
と思ったので、右手は自由だったので、テーピングをすべて外し、いつも使っているインドメタシンのシップをはりなおしました。
これがそのインドメタシンです。↓

それで朝まで過ごしました。
7日後に、この病院の治療費とタクシー代の請求書が届きました。
2万円支払いました。こんな地獄のようないじめにあい、さらに高額な請求までうけました。
病院の明細書をよく見ると、左腕を上にあげ関節を入れて、手術料金が請求されていました。
これが、私が医者嫌いになった医師の治療です。
医師は患者を治療しているつもりかもしれませんが、患者にすれば迷惑で危険なこともあるのです。
この後から現在まで、私は病院には、よほどのことがない限りかからない決心をしました。
リーダーの菅原さんも本当に無責任な人です。
悪い医師にかかったせいで他の病気が発症することもあります。
この人はその時責任を取れるのでしょうか?
この日以後は、大好きなスキーは怖くなりやめました。
22日に帰宅して後は、左腕が上がりません。
布団も上げられないし、洋服を着るにも不自由です。
食事も作ることはできません。
いつもは短気で怒ってばかりいる主人ですが、23日から40日間私の食事を作ってくれました。男性でもこんなに料理ができるものだと感心しました。
病気になると、もう一人家族がいるととても助けてくれます。
私は病院へは行かず、インドメタシンのシップと主人の料理に助けられ無事回復しました。
この時持つべきものも夫だとつくづく思いました。
私の医師嫌いはいまだに続いています。
この時以来病院には一度も罹っていません。

NHKの人体の放送が2018年3月25日夜9時からありました。
テーマは”健康長寿”究極の挑戦、ぴんぴんころりでした。
私も健康長寿は心から願っています。
千葉にいたころには、巣鴨のお地蔵さんに3回お参りして、”ぴんぴんころり”お願いしました。
人体には、100兆個の”エクソソーム(臓器同士のメッセージ物質)”があるそうです。
癌細胞からのメッセージで、人体の内臓が騙されて、癌が増殖することもあるそうです。
本当に不思議な人体の働きでした。
運動によって、筋力、免疫力、記憶力、精力がアップするそうです。
人間の体は驚くほどの修復力があります。
癌も運動が薬となり、修復するそうです。
素人の私ですがとても興味深い内容でした。
腎臓を見忘れたので、もう一度再放送があればよいと思っています。

2018年4月3日(火)にNHKで、”偉人たちの健康診断(与謝野晶子)”でした。
5000円札に印刷されている有名な明治の女流作家です。
与謝野晶子の父は東京都の役人でした。
父が亡くなった後は、家族のために生計をけなげに支え、多数の本を出版しました。
私が知っているのは”たけくらべ”です。よく試験に出たからです。
彼女は、頭痛の病がありました。
女性の細腕で、家計を支えるためには、本当に苦労されたことと思います。
頭痛に効果のある食事
1、Mg(マグネシウム)が多い食品が、神経の興奮を抑えて、血液の循環を活発にする。
わかめ、ごま、大豆、あさり、バナナ、など
2、ビタミンB2の多い食品 細胞のエネルギーのスイッチをいれ、活発にする。
レバー、アーモンド、くるみ、納豆、卵、モロヘイヤ、うなぎなど
なそうですが、勿論与謝野晶子さんはその当時はご存じなかったので本当に苦しんだようです。
明治の文豪、森鴎外も彼女を詩人として絶賛しました。
明治29年、1896年、11月23日(現代の勤労感謝の日)に肺結核で24歳の若さで亡くなりました。
女流作家として活躍し、お札にまでなった偉人として本当に尊敬します。
女性にとって男性は保険です。
長生きしてくれるほど安心です。
私もせいぜい主人を大事にします。




















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